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桃園会写真1         桃園会写真2


1992年9月旗揚げ。旗揚げより現在まで、作・演出を手がける深津篤史を主宰に活動。1996年頃より大阪を本拠地に 活動範囲を広げ、年2~4回の本公演を行う。
1998年「うちやまつり」において岸田國士戯曲賞受賞、これを契機に東京を含めた地方公演も積極的に行う。現在 までに主宰・深津の外部書き下ろし・演出活動・ワークショップ講師、劇団員の外部客演活動、また作家活動も行う 者もおり、若手公演・リーディングなども精力的に行っている。
『個人は一個の生き物として孤立している。ただ個人はそれを理解できないし、理解しようとしない。ゆえに孤独 であり、だからこそ関係性を求める』
今、我々が生きる現代社会は複雑な価値基準の中にある。我々の示す作品の指向性も、また一つの価値基準に他な らない。が、しかし、重要なことは、一つの価値基準に縛られない柔軟かつ怜悧な客観的視点にある。我々がそれら の視点によって描くものは、他人と個人の関係性、その断絶とそれを越境する行為、現代人の孤独とエロスの深層 にある。




2004年11月・12月
第28回公演『うちやまつり/熱帯夜』
作・演出/深津篤史
会場:精華小劇場(大阪、精華演劇祭オープニング1)、シーガルホール(神戸、アジア演劇祭in関西)

2005年5月
第29回公演『海亀が微笑うよ』
作・演出/深津篤史
会場:仮設劇場<WA>(大阪現代演劇祭)

2005年9月・10月
第30回公演『paradise lost,lost』『断象うちやまつり』
作・演出/深津篤史
会場アイホール(兵庫)、シアターグリーン(東京)

2006年6月第31回公演『もういいよ』
作・演出/深津篤史
会場:精華小劇場(精華演劇祭vol.4)

2007年1月
第32回公演『月ト象ノ庭、或いは宵の鳥、三羽』
作・演出/深津篤史
会場:アイホール

2007年6月
第33回公演『a tide of classics』
作/岸田國士 演出/深津篤史
会場:ウイングフィールド




深津篤史

演出家・作家・劇団プロデューサー。1967年8月8日生まれ。兵庫県芦屋市出身。
1986年、同志社大学入学。同年、学内劇団第三劇場に入団し、1992年『桃園会』を旗揚げ、以降ほぼ全ての作・演出を 行う。1998年、『うちやまつり』にて第42回岸田國士戯曲賞。同年、第3回飛田演劇賞快挙賞、兵庫県芸術奨励賞を受 賞。翌年、大阪咲くやこの花賞を受賞する。現在まで様々な後進を育成する活動も活発に行い、また自らが立ち上 げた企画なども年間を通じて行う。2002年より大阪現代舞台芸術協会(DIVE)会長に就任し、NPOとなった今は理 事長として関西の様々な演劇に関わる問題に携わり、その解決に努めている。2005年、クラシックルネサンス『父 帰る/釣堀りにて』、新国立劇場製作『屋上庭園/動員挿話』の演出において第13回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。




桃園会には、空虚の詩学がある。

団地のすき間にぽっかりとひらいた空き地。潰れた工場のがらんとした社員寮。何もなくなった終末の世界。かれらの劇は〈空虚〉から立ちあがる。

〈空虚〉を宿すのは場所ばかりではない。深津篤史の戯曲は断片といってよいほど短いせりふを連ねて、脈絡をなさぬ対話を散りばめる。文脈が飛躍し、途切れ、食いちがう。そこに虚ろな空隙が生じる。

観客が識らないできごとや情況が存在することを、こうした齟齬は仄めかす。つまりぼくたち観客は、あちこち空白がのこったジグソーパズルのような世界を手渡されるのだ。目を凝らすと、無意味だった暗い裂け目が豊穣な余白ともいうべきものに変わってゆく。

この一、二年、若い俳優がめざましい進歩をとげ、劇世界がぐんぐんと鮮明な像を結びはじめた。そこに浮かびあがるのは、暗い陰惨な絶望ではなく、むしろ明るく乾いた虚無である。この集団が一つの時代を築くことを、わたしは予感している。

太田耕人(演劇評論家/京都教育大学教授)


1998年に第42回岸田國士戯曲賞を、1999年に大阪咲くやこの花賞を、2005年に読売演劇賞演出賞・作品賞を受賞している、深津篤史。そういう<看板>で人を判断するのもどうかと思うが、いずれも彼が作ってきた作品に対しての確かな評価であるから、判断しても良いと思う。そして、その彼が座長・作・演出を務める桃園会が、今回選出されたのは、然るべき。

大阪の、そして関西の演劇界を代表する劇団となっている桃園会が創り出す舞台は、非常に危うい。その危うさにゾクゾクする。目の前の風景が、自らの身に迫り来る感じがする。それは現実でもなく、非現実でもなく……そのあいだに揺れる世界。社会派でも、恋愛でも、深津が何を描こうと、その世界観は俳優たちの手によって確実に表現される。「難解なのでは?」と思われる方がいるかもしれないが、決してそうではない。とにかく一度、彼らの世界に身を寄せてみて欲しい。その危うさと揺れをゾクゾクするほど体感できるはずだから。

金田明子(演劇ライター/精華演劇祭企画委員)


精華小劇場のオープニング(2004年11月)を飾った桃園会が、〈精華演劇祭スペシャル〉に登場する。

まだ楽屋も不充分で、全くもって手さぐりの状態だったこの場所=精華小劇場を過去と未来が交錯し、生者と死者が出逢う〈劇場〉という名の空間に、自らの存在を賭けてつくり上げたのが桃園会だった。

代表作「うちやまつり」を、過去の評価に安住することなく、〈精華の新作〉として持ってきた深津篤史の決意に、私は〈劇場〉をつくる芝居者のしたたかな意思を感じたのだった。

あれから三年、精華小劇場も随分と“劇場らしく”なった。桃園会の新作が、邪魔な“らしく”を取り除き、今一度、「なにもない空間」をつくり出す、その瞬間を待っている。

小堀純(編集者/精華演劇祭企画委員長)


劇場に通う楽しみは人さまざま。私はこのところ「好きな劇団とともに齢をとる」のを楽しんでいる。日本では何事につけ若い、未知数の可能性に飛びつくことが多いし、実際スリリングな体験になるのだが、こちらが人生の中堅からベテランと呼ばれる齢になってくると何年も付き合っている友人のような劇団があるのは嬉しい。互いの変化してゆく姿を味わえるからだ。私にとって桃園会はそんな劇団のひとつだ。かつては、いとちいさき者としての人の生の焦燥感・不安感をひりひりするほど表出していたけれど、最近は透明感を伴って表現してくれる。それだけ深津篤史さんが、また劇団員達が生きてゆく喜び悲しみを重ねてきたからだと思う。

自ら意志して小劇場空間で表現する者、それを選んで見る者のつながりは、それぞれが互いの姿に自らを映し出してゆくことだと私は思う。こんな深く豊かな関係を創ってゆくには時間がかかる。人生は短期サイクルでは熟さないのだ。精華という文字に込められた優れて麗しいという意味も時間を経てこそ深まる。

精華の精華と言える「演劇祭スペシャル」で、長い付き合いの良き友人「桃園会」、そして若い、「デス電所」とを、自らを生き抜くことに取り組む全ての方々にお送りします。

福本年雄(ウイングフィールド代表/精華演劇祭企画委員)


桃園会の舞台は、万年床のように生温かく、湿っている。陽の光をめいっぱい浴びたお日様の匂いとは無縁の万年床。その布団の裂け目から覗き見ると、人間の底知れぬ闇が広がっている。誰とも分かり合えないもどかしさに身もだえする自らの姿が、舞台に投影されていることに驚く。

というようなわけで、深津篤史氏の書く芝居は、明るく健康的なものじゃない。というか、はっきり言って、暗い。でも、どんなに暗く、凄惨な物語をつづっても、狭間から人間存在への愛おしさがしみ出す。それが希望にしか過ぎないと自覚したうえで。桃園会ほど余韻の深い舞台は、そうはない。

こんな作風の深津氏だが、昔は相当な“暴れん坊”で、応援団員としてブイブイいわせていたらしい。大学の一年先輩にあたることもあって、私はかなり親近感を持っているけれど、やはりコワイ。怖すぎて、いまだに桃園会のけいこ場に足を運べない。

桝井政則(朝日新聞大阪本社生活文化グループ・演劇担当)